9 月 25 日
はじめて単独行で、福島の安達太良山に登ってみた。
単独行の場合、困ったときの対処をすべて自分ひとりで行わなければならない(むしろ、困らないように事前に万全の準備をしていかなければならない)ので、注意力散漫で方向音痴の上にたくましくもない私にはそもそも向かないのだと思う。
しかし、安達太良山はゴンドラを使えば登りに要する時間がわずか 1 時間半。コースもよく整備されていて、天気さえ良ければよっぽどのことがなければ道迷いはしないはず。
おりしもおっさんの参加する「安達太良山トレイル・ランニング・レース」が開催されていて、コースには人が溢れているであろうことが予想される。初めての単独行には丁度良いのではないかと思い、おっさんが山中で走り回っている間に、一人で山に登ってみることにしたのでした。
まずは安達太良高原スキー場まで、宿泊しているホテル「喜ら里」のスタッフさんに送迎していただきました。「ちゃんと水持っていますか?」「帰りは電話してくれれば迎えに来ますから」となにかと心配りをしてくださり、ありがたかった。
だいたい午前 10 時くらい。ゴンドラ駅で片道チケットを購入して、乗り込みます。単独行のおじさんと相席でした。
「いい天気でよかったですね」
「いい天気だから、来たんですよ。私地元ですから」
白髪で穏やかな語り口のおじさんは福島の方だった。
ゴンドラでゆっくり登っていく間、やはり話題は東日本大震災のことに。
おじさんも先月までは、復興のために駆け回っていたらしい。8 月までで、ようやく一区切りついたかな、と感じておられるそうだ。
「原発のことさえなければね」
東京に住んでいても、福島原発の件ではとても怖い思いをした。地元の人はなおのことだろうと思う。
おじさんは、震災のすこし後にも、第一原発が見えるんじゃないかと安達太良山に登りにきたそうだ。結局、見えなかったのだけれど。多分、あちらの方角にあるはずなんですよね、と、指差してくれた方向を私も眺めてみる。霞がかかる空に青い山並み。その向こうに、今この瞬間にも燻り続けている原子炉があって、まさに命がけで対応している作業員がいて。そんな深刻さがウソのようなのどかな秋晴れ。
ゴンドラを下りて、おじさんはすたすたと先に行ってしまわれた。そこでお別れなのかな、と思ったら、このおじさんは、その後も景色の良いところや重要な分岐の度にひょっこり現れて、道案内をしてくださるという、単独行初心者の神様のような人なのだった。
単独行ということで、水も食料も多めに持ち、地図を見ながら頭の中でシュミレーションをしてきた。それなりの緊張感でやってきたのだけれども、登山道は整備された 1 本道な上に、行列ができる盛況ぶりとあって、道迷いの要素はあまりなかった。最近、「息切れしない超低速ペース、かつ立ち止まらない登り」を実践中なので、先を急ぐ人々に道を譲りつつ、ゆっくりゆっくり高度を上げてゆく。
空が晴れて景色が開け、すばらしい眺め。
ゴンドラで別れたおじさんがいて、あれが阿武隈山脈で、あれが郡山で、指差し教えてくださった。
登山道は、私が出発したすぐ後にスタートした安達太良トレイル 10 km コースのルートになっているため、ボランティア・スタッフさんが立って道案内をしておられた。
「ランナーが走ってくるので、ご迷惑おかけします」 と声を掛けられたので、うちの夫も 50 km の方にエントリーしてるんですよ、とお話しすると「いいんですかー、こんなところに居て?」だって。「いいんですよー」。じっと待ってたって、どこ走っているか、いつゴールするのか見当もつかないんですよね。
さらに登ってゆくうちに、カラフルなウェアのトレイル・ランナーたちがどんどん追い越していくようになった。私がゴンドラでひとっ飛びした距離を全部走って登ってきているのだから当然なのだけれども、かなりきつそう。
おっさんには、「試しに 10 km のレースに出てみたら」なんて勧められたのだけれど、とてもじゃないけど無理です。
頂上が見えた。別名「乳首」その理由は、遠くからではこんな風に ↓ 見えるから。
11 時半に頂上に到達。ちょっとはずれた岩の上に座ってお昼にします。
持参したポットのお湯で作った「瞬間美食・グリーンカレー」(← 小洒落た気分になれるのでおすすめ) とコンビニおにぎり。
こーんな景色を見ながら、のんびりひとりで昼食です。爽快です。さみしくなんかはないのです。ipod でクラッシック音楽など聴きながら食べるのです。(歩いている間は危ないから聴かない。)
おやつと食後のコーヒーもしっかり食べた。
さてと、元気出してゆきましょう。
最初、頂上から「峰の辻」に抜けてくろがね小屋経由で帰ろうと思っていたら、件のおじさんが「牛ノ背を歩いて火口を見てから降りたらいいよ」と教えてくれた。
気持よさそうな牛ノ背の尾根道にそそられて、火口を見にゆくことに決定。
ゆっくりお昼を食べている間に、おじさんはとっくに先に行ってしまったのだろうと思っていたら、突然分岐のところに現われてこれからゆくルートを指さしながら確認してくれた。至れり尽くせりな救世主。そして、私が火口を見に行っている間に再びおじさんの姿は見えなくなった。
尾根を歩くのは本当に気分がいい。わずか 1 時間半の登りでこんなに広大な景色が見れるなんて、安達太良山、いい山だぁ。
火口が見えてきました。
ほんとに、これは見ておくべき。霧がかかって見えないことが多いらしいので、ラッキーでした。
さて、下ります。
登りほど辛くない分、長くて単調なので、油断しないように。
イワカガミっぽい花。岩陰にひっそり咲いていた。今回見つけたのはこれっきり。
数日前の台風の影響で、登山道に水が氾濫しているところもありました。滑らないように慎重に。
くろがね小屋に到着。日帰り温泉が利用できる山小屋として有名です。温泉はまたの機会にして、トイレを借りに行きました。
「無事に到着しましたねー」と、後ろから声を掛けられて振り返ると、またあのおじさんが。先に下られたと思っていたのでびっくりした。トイレから帰ってくると、おじさんは道端で腰をおろして休憩しておられたので、隣で休憩させてもらう。おじさんは昨年白馬岳で雷鳥を見られたそうだ。私も昨年白馬岳でオコジョを見たんですよー、と自慢してみたり。
あとは道なりに歩けばスキー場に戻れるよ、ということなので、安心して出発。しかし、また会うのだろうとすっかり油断しており、きちんとお礼を言わずに別れてしまったのが心残り。結果的にこれがおじさんに会った最後になってしまった。本当に助けてもらったのに。礼儀知らずですみません。感謝の念を送っておきます・・・。
歩きやすいゆるやかな下りを快適に進んでいると、分岐からトレイルランナーが飛び出してきた。安達太良トレイル 50 km コースとの合流地点だったらしく。
私が合流地点を通りかかるタイミングで、おっさんもそこを通過したのでした。えらい偶然だなー。
おっさんは思ったほどへたばってはおらず、「これからラストスパートだよー!」と元気に走り去っていった。
今回の安達太良トレイルは、台風の影響でコースが短縮されたため、おっさんも去年ほどにはぼろぼろにはならなかったようす。実質 50 k はないらしい。
でも増水した沢をロープを伝って越えたり、地震の影響で地面に穴が空いていたりと、例年にも増してタフなルートだったようです。レース後のおっさんのタイツの膝には穴があき、血が噴き出していました。それでも、いろんなところが走れるからここのレースは面白いよ!と興奮に目を輝かせていたうちのトレラン番長であった。
その後は、トレラン用の道標に従って、ひたすら下る、下る。先に走っていってしまったおっさんに刺激されて、自然と歩くペースが速くなってしまったような気がする。
最後にぬかるんだ山道に入ったときには、丁度同じペースぐらいのご夫婦の登山者と、単独行の可愛い山ガールと自然と一列になってチームのように降りてゆきました。
トレイル・ランナーの皆さんがやってくると道をあけますが、さすがにゴールに近いと、精魂尽き果てているご様子。転倒して泥だらけになっている凄惨なランナーもいた。
無事スキー場に到着すると、ちょうどレースの表彰式の真っ最中で、上位入賞者を讃えるランナーの群れの中におっさんの姿を発見。おっさんがハイタッチで出迎えてくれて、初の試み、単独行は無事終了。
「随分早く降りて来たね」とおっさんも感心していた。実のところ、親切なおじさんが要所要所で道案内してくれたんだよね、と種を明かすと、「よっぽと1人で危なっかしく見えたに違いない」と断言されてしまった。そうなのか・・・。
いつも親切なおじさんが助けてくれるわけではもちろんないので、また単独行に挑戦する機会があれば、心してゆこうと思うのであります。